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遠くの空_50

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ブリザードフラワーをいただいたので、部屋で撮影! プレゼントってすごく嬉しいね。自分といない時に自分のことを考えてくれているってことが何より嬉しい。 しかもお花って、、、包みを開ける手が震えるくらいに感動した。 なので帰って来てから速攻でライティング組んで撮影。言葉で伝えるのはすごく苦手なので、、カメラを持っていて、扱えることに改めて感謝。 カメラといえば、、、この間初めて星を撮った。 多摩川沿い、FUJI X-Pro2に35mmをつけて撮影。獅子座流星群が撮れるかも!?と思っていたけれど、残念でした。そもそも三つくらいしか見れなかったし。。 向き不向きなんて意識したことはなかったし、出来るようになろうと思って続ければ、少しでも克服できるもんだ。と思っていたけれど、この日一つの真実が発覚する。 私、星撮るの向いてないわ、、、 いつどこれ流れるかわからないものを、足の先の感覚が無くなる寒さの中じっと待ってるのって、退屈だ!笑 そもそも星にそこまで興味を持っていないからだろうね。乱視だからメガネかけても星、めちゃくちゃ多く見えるし。 でも楽しかった。帰って来て現像しながら頭に浮かんで来たのは、小さい頃夏に行った伊豆の、怖いくらいに近くに感じた夜の空。冬のバイト帰り、坂の上で見た、少し白けて来た空にかすかに見える星。 あの時の夜空も撮れればよかったな、とかそんなことをずっと考えていた。

45/帰宅

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きっと誰しもが体に何らかの不調を抱えて生きていると思うが、私の場合のそれはじんましんと偏頭痛。 てことで実家に一時帰宅して頭痛外来へ。 初MRI緊張したー... 完璧な日だった。 気温は低かったけれど天気は良かった。 検査や診察でぐったりしながらも、写真を撮りながらの帰り道は最高に贅沢な時間だった。 思えば実家や母屋、お庭の写真を撮るようになったのは、実家を離れた今年からだ。 ここ数ヶ月の間に、祖父の痴呆が悪化したりとバタバタしていたが、あんまり帰れないので全然会うことは叶わない。 きっと皆んなこんな感じで、、会える時に会えないまま、本当に会えなくなってから後悔したりするんだろうなぁと思ったり。 愛の反対語が無関心なら、写真を撮ることイコール愛だ。

41/全て鏡

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自分が撮った写真、デザインしたジュエリーは、私には全て鏡に見える。 作品自体に鏡を使っていてもいなくてもね。 自分が写っている。作品を通して自分が見れる。 自分のことは自分が一番よくわかっている、なんて言うけれど、なんだかんだいって自分のことなんてよく見えてもいなければ理解もできていないんじゃないかな。 だから自分が一体何者なのか知りたくてやっているのかもしれない。 そしたら、自分は自分一人だと何者でもないってことに気がついたりするんだけどね。 そんな気はしていたから気がついた時にショックは受けないが、まぁヘコんだ。そんなこともあるね。 これから販売する予定の写真プリント、今販売中のSpellboundSplendorのアイテムが、手に入れてくださった人の心を動かすだけでなく、自分を見つめ直すきっかけになるようなものになればなと思う。 そういえば最近キッチリした格好にシルバーアクセを重ね付けしまくるスタイルにはまってる!面白いよね。 ...鏡を使った作品はいくつか作ったな。 年代順 1枚目は昨年京都国際映画祭に出店した作品だ これはステンレス半球に実際に自分が映って撮ったもの。もう三年前の作品だ。 唯一タツさんに褒められた作品じゃないかな...笑 思えば、ちゃんとコンセプトをもって作品作りをしたのがこれが初めてじゃないかな。

38/Duane Michals

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つい昨日知ったアーティストDuane Michalsの作品がすごく良かった!! Duane Michals デュアン・マイケルズ (ドウェイン・マイケルズ、Duane Michals、1932年2月18日生まれ)は、アメリカ合衆国の写真家である。同性愛者。彼の作品は、その革新性と芸術的技巧性により知られている。マイケルズのスタイルは、フォトシークエンスを構成することと、情緒及び哲学を省察した文章の取り込みとを特色することが多く、その結果として独特な作品が形成されている。 マイケルズはペンシルベニア州マッキーズポートで成長し、1953年にデンバー大学を卒業した。1956年、グラフィック・デザイナーになるためにデザインを学ぼうとしてパーソンズ・スクール・オブ・デザイン (Parsons School of Design) に入学するも中退、1958年休暇の旅行で訪れたソ連で、写真への興味に目覚めた。この旅行中に撮られた写真により、彼の写真の初の展示会が、1963年ニューヨーク市のアンダーグラウンド・ギャラリーで開かれた。 数年の間、マイケルズは商業写真家として働き、「エスクァイア」( Esquire ) や「マドモアゼル」( Mademoiselle ) に作品を提供したり、また1974年には、「グレート・ギャツビー」の映画化に際して「ヴォーグ」の特集記事を担当した。彼はスタジオを持たず、人物を「環境」の中においてポートレートを撮影した。これは、リチャード・アヴェドン (Richard Avedon) やアーヴィング・ペン (Irving Penn) などの他の写真家の手法とは対照的なものであった。1968年、マイケルズはメキシコ政府から同年のメキシコシティオリンピックの写真記録を委嘱された。1970年、彼の作品はニューヨーク近代美術館に展示された。 彼の写真集  Album  は、1958年から1988年にかけて撮影されたポートレートがもとになっている。 1976年、マイケルズには全米芸術基金 (National Endowment for the Arts) からの助成が認められた。また、彼は、1983年にはポリスのアルバム「シンクロニシティ」の、1993年にはリチャー...

35/past things collectomania

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私たちは撮る/撮らないというのはどういう基準で選んでいるんだろうか? まぁそんなことを私は何回もブログに書いていて毎回答えが出ていないわけだけれど、この間もっと深刻な問題に気がついた。 "撮ったのに現像しない写真、めっちゃあるんじゃない!?" 私の写真現像は、大体はLightroomに全データ取り込む→Lightroomで整える→LightroomでいじりきれないところをPhotoshopで触る って流れ。 Lightroomにまず取り込むのは、前後の写真を見比べるのが楽だし、プレビューで見るよりスムーズだから。そして何よりレートをつけられるから。 わかりやすいように、現像する予定の写真に星を一つつけて、、 "同じ構図で同じ被写体を撮って、三枚撮ったうちの一番最後の写真が一番良かったから、それ以外の二枚は現像しない"  っていうのはわかるんだけれど、" この構図でこの被写体を一枚しか撮っていないのに現像しない"  っていうのも結構あるなぁって思った。 そもそもなんで写真を撮りたいって思うんだろうね? 被写体が人物だったり、なにかオブジェでもそれを作った人に写真を見せることができるのなら、その人に喜んで欲しいから撮る、とかって理由ができるのはわかる。 でも、そうじゃないのなら、ただの自己満足だよね。いや、喜んで欲しいっていう気持ちも、自己満足だと思うけれど。 思えば前から、自分の為に活動している人が好きだった。 私が大好きなThe1975はよくインタビューで、自分達の為に音楽をやっていると良く発言している。私はそういう考え、すごく好き。 誰かの為に何かをしたいとかって気持ちは、自分が何かを目的を持って継続して続けていけば自然に湧き出てくるものでもあると思う。けれど、その誰かの為っていう気持ちを前面に押し出すのは開き直っているみたいで嫌だなぁ。 むしろ発信する側はそういう気持ちですら自己満足でしかないと考えているのが私にとっては自然だ。だから"自分の為に自分の活動をしている"という...