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遠くの空_50

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ブリザードフラワーをいただいたので、部屋で撮影! プレゼントってすごく嬉しいね。自分といない時に自分のことを考えてくれているってことが何より嬉しい。 しかもお花って、、、包みを開ける手が震えるくらいに感動した。 なので帰って来てから速攻でライティング組んで撮影。言葉で伝えるのはすごく苦手なので、、カメラを持っていて、扱えることに改めて感謝。 カメラといえば、、、この間初めて星を撮った。 多摩川沿い、FUJI X-Pro2に35mmをつけて撮影。獅子座流星群が撮れるかも!?と思っていたけれど、残念でした。そもそも三つくらいしか見れなかったし。。 向き不向きなんて意識したことはなかったし、出来るようになろうと思って続ければ、少しでも克服できるもんだ。と思っていたけれど、この日一つの真実が発覚する。 私、星撮るの向いてないわ、、、 いつどこれ流れるかわからないものを、足の先の感覚が無くなる寒さの中じっと待ってるのって、退屈だ!笑 そもそも星にそこまで興味を持っていないからだろうね。乱視だからメガネかけても星、めちゃくちゃ多く見えるし。 でも楽しかった。帰って来て現像しながら頭に浮かんで来たのは、小さい頃夏に行った伊豆の、怖いくらいに近くに感じた夜の空。冬のバイト帰り、坂の上で見た、少し白けて来た空にかすかに見える星。 あの時の夜空も撮れればよかったな、とかそんなことをずっと考えていた。

33/specimen

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【 specimen 】 標本の中に収められて入るけれど、収まっているのは死骸ではなく私なので、留めているピンは簡単に抜けるはずなんだ。 これはこの一枚で完成じゃなくて、ちゃんと羽化させようと思ってる。自分の作品は、自分が発信するものは、全部自分自身を投影しているし、全部自分自身が投影されてしまっていると思う。 この作品を作ることで、この作品を思いついた数年前の自分自信を救ってあげたいなと思ってる。 この写真は自分の部屋でストロボ一灯で撮影。SB900と有線のリモコン使用。 SB900 ↓ http://www.nikon-image.com/products/speedlight/lineup/sb-900/ specimenはAFのない35mmで置きピンで撮影。 2枚目の両端の写真も、本当はテザー撮影したかったんだけどパソコンと繋いでもD810を認識してくれなかったんで、AF50mmのレンズで撮影。 自分で書いておいてなんだけど、救ってあげたい、って、「あげたい」、って、なんて上から目線な気持ち/言葉なんだろう。自分で書いていてあんまり気持ちが良くないけれど、そんな言葉がなんでか 今の私の持っている言葉の中で一番似合う。 嫌いだった言葉もどんどん嫌いでなくなってくる。ふいに自分の言葉の中に紛れ込んでくる。もう23年生かしてもらっているから、自分の感情の幅は広がり、自分の知識の量も増えていく。だから同じ言葉でも捉え方が変わっていく。ずっと前に「してあげる」って言ってくれた人達はこんな気持ちで言ってくれてたんじゃないかなと思って少し申し訳なくなった。 裸は勇気がいるとか、そんなものの前に、自分自信を発信するそのこと自体が私にとってはすごく勇気がいることだ。何をしようと何を撮ろうと きっと全部セルフポートレートだ。 specimenの作中の線は、私を留めている糸だけれど、実は私には世界はこうやって全て糸で繋がっているように見えている。 SpellboundSplendor ウェブストアは こちら

29/Daikanyama

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先日代官山にmaeの来日公演を見に行った帰り。夜にスナップを撮る予定だったのでOLYMPUS E-P5。 (OLYMPUS E-P5 製品紹介) 代官山UNITから歩いてTSUTAYAに寄り道、それから駅へ。 5軸の手ぶれ補正というのは本当に優秀だ。 角度ぶれ補正(XY軸)、シフトぶれ補正(XY軸)、回転ぶれ補正(Z軸) OM-D E-M10 Mark II_5軸手ぶれ補正 前回のブログにも書いたけれど、私は基本的に明るめに撮るようにしている。だから手ぶれ補正が優秀ならシャッタースピードを抑えられるからすごく助かる。 OLYMPUSを使うときはそもそもノイジーな仕上がりをイメージしているからisoはガンガンにあげてもオッケー!シャッタースピードを稼ぐためにisoを上げるのではなく... 明るく撮っているのは、トーンカーブをこうしたかったから。ハイライト部現像で増やして、引き上げられたシャドウ部を引き締めるのではない。 そもそも明るく撮っておいて、シャドウ部を引き締めるだけのイメージ。コントラストは付けたいけれど、それを現像の段階で一から作り上げるんじゃない。っていうのを意識して撮っている。

28/小さな断片と思い出

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昨日は渋谷で打ち合わせが一件。深夜になってスナップを撮りに外へ。 雨が降っていたのでTouit2.8/50Mの気分。マクロであることは私にとってはすごく重要。 というか、カメラを初めて持った時の え、なんで寄って撮れないの!? っていうストレスを思い出したく無いというか...笑 深夜ではあったけれど、交通量もそこそこあり、人も歩いていて、街灯もたくさんある。この辺はベッドタウンなのかな?実家のある横浜市よりも街自体は明るく感じる。 写真を撮る人はそれぞれ、写真を撮る流れになりやすい方法があると思う。 実家に住んでいた頃の私のそれは 原付だった。原付で何処かへ行って、なんとなく ここがいい と思った場所で降りて、三十分くらい歩きながら撮って、また原付で移動する。 大好きなみなとみらいまで一時間弱で行けたからよく通っていた。その辺でバイトもしていたから、バイト終わりの深夜にスナップを撮ったりもしていたなあ。 今住まわせてもらっているところは原付を停めていられないので、自分の脚でスナップを撮る習慣がついた。 ちなみに、私にとって自転車はスナップを撮るには向いていなかった。ここで撮りたい!って気持ちが歩くよりも早い速度で多く感じてしまうし、それを全て撮りきるには、撮りたいと感じてからすごく時間がかかってしまうから。結果、自転車を押して歩くという訳がわからないことになってしまった。 昨日は写真家 ソールライターの言葉を思い出していた。 It is not where it is or what it is that matters but now you see it. 重要なのは、どこで見たか、何を見たとかということではなく、どのように見たかということだ。 A photographer's gift to the viewer is sometimes beauty in the overlooked ordinary. 写真を見る人への写真家からの贈り物は、日常で見逃されている美を時々提示することだ。 Photographs are often treated as important mom...